健康保険の扶養とは?具体的な仕組みを理解しよう

日本の健康保険制度において、「被扶養者」として被保険者(主に会社員や公務員など、職場の健康保険に加入している本人)の健康保険に加入できる仕組みがあります。これにより、被扶養者本人は個別に健康保険料を支払うことなく、被保険者と同等の医療サービスを受けることができます。この被扶養者となるためには、健康保険組合や協会けんぽなどが定める厳しい「扶養条件」を満たす必要があります。この記事では、この健康保険の扶養条件について、具体的な申請方法や対象者の範囲、そして最も重要となる収入の壁など、実践的な情報を詳しく解説します。

なぜ扶養条件があるのか?

健康保険の扶養制度は、主に被保険者によって生計を維持されている家族に対して、保険料負担なく医療保障を提供するためのものです。しかし、無制限に誰でも扶養に入れるわけではありません。これは、健康保険制度全体の公平性や持続可能性を保つためです。自分で一定以上の収入がある人や、自分で健康保険に加入できる人は、原則として扶養には入れず、自分で保険料を負担することになります。

扶養に入れる「対象者の範囲」は?

健康保険の被扶養者となれる人の範囲は、民法上の親族関係とは異なり、健康保険法によって定められています。大きく分けて、被保険者と「同居しているか別居しているか」によって、対象となる親族の範囲が変わる場合があります。

  • 被保険者と同居している必要がない人:
    これらの親族は、被保険者と別居していても、その他の条件(収入、生計維持関係)を満たせば扶養に入ることができます。

    • 配偶者(内縁関係も含む)
    • 子、孫、兄弟姉妹
    • 父母、祖父母などの直系尊属(曾祖父母など)

    ただし、これらの親族が別居している場合、仕送りなどで被保険者がその親族の生計を主に維持している事実が確認できる必要があります。

  • 被保険者と同居している必要がある人:
    これらの親族は、上記の条件に加え、被保険者と同じ世帯で生活していることが扶養の条件となります。

    • 上記以外の三親等内の親族(伯叔父母、甥姪とその配偶者、曾孫、孫の配偶者など)
    • 被保険者の内縁の配偶者の父母、子
    • 被保険者の内縁の配偶者の死亡後、引き続きその配偶者の父母、子

重要な点として、これらの親族であることに加え、次に説明する収入条件や、被保険者による生計維持関係の条件を満たす必要があります。

最も重要な条件:収入の壁(130万円・180万円・106万円)

健康保険の扶養条件の中で、おそらく最も多くの方に関わるのが「収入」に関する制限、いわゆる「収入の壁」です。この収入の壁にはいくつか種類があり、それぞれ適用される状況が異なります。

基本的な「年間収入130万円未満」の壁

原則として、被扶養者となる人の年間収入は130万円未満である必要があります。ここでいう「年間収入」とは、過去の収入実績ではなく、申請時点または認定時点から今後1年間の「収入見込み額」を指します。

「収入」に含まれるものには、以下のようなものが挙げられます(健康保険組合などにより多少異なる場合があります)。

  • 給与収入(通勤手当、賞与なども含む総支給額)
  • 自営業や農業などによる収入(総収入から必要経費を差し引いた額)
  • 年金収入(厚生年金、国民年金、企業年金、iDeCoなどで受け取る年金、障害年金、遺族年金なども含む)
  • 雇用保険の失業給付(基本手当)
  • 健康保険の傷病手当金、出産手当金
  • 不動産収入(必要経費を差し引いた額)
  • 利子収入、配当収入
  • 健康保険以外の公的医療保険から支給される給付


**ポイント:**

例えば、パートやアルバイトで働く場合、月収が約108,333円(130万円 ÷ 12ヶ月)を超えると、年収見込みが130万円以上と判断され、扶養から外れる可能性が高くなります。これは「過去1年間で130万円を超えたから」ではなく、「今後1年間で130万円を超える見込みがあるから」という基準で判断される点が重要です。

60歳以上または障害厚生年金受給者の特例:180万円の壁

以下のいずれかに該当する方は、年間収入の壁が180万円未満に緩和されます。

  • 申請時点または認定時点で60歳以上の方
  • 概ね障害厚生年金を受けられる程度の障害がある方

これらの収入も、130万円の壁と同様に、今後1年間の収入見込み額で判断されます。60歳以上の年金受給者の場合、年金収入とパート収入など、他の収入との合計額で見込み額を判断します。

パート・アルバイトで働く場合に注意すべき「106万円の壁」

これは健康保険の扶養条件そのものではなく、ご自身が勤務先の健康保険・厚生年金保険に加入しなければならなくなる条件として、扶養を考える上で非常に重要な壁です。

以下の条件を全て満たす場合、年間収入が約106万円以上(月額換算で8.8万円以上)であっても、ご自身で勤務先の社会保険(健康保険・厚生年金)に加入する義務が発生します。

  • 勤務先の従業員数が101人以上(2024年10月からは51人以上になる予定)
  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月額賃金が8.8万円以上
  • 2ヶ月を超える雇用の見込みがある
  • 学生ではない(休学中や夜間学生などを除く)

**ポイント:**

「106万円の壁」と「130万円の壁」は、意味合いが異なります。
106万円の壁: 特定の条件を満たすパートタイマーなどが「自分の勤務先の社会保険に加入する義務が生じる」ライン。
130万円の壁(または180万円の壁): 扶養されている人が「扶養から外れてしまう」ライン。

つまり、上記の106万円の壁の条件に該当する勤務先で働いている場合、年収が106万円を超えると、たとえ130万円未満であっても、配偶者などの扶養から外れて、ご自身の職場で健康保険・厚生年金に加入することになります。106万円の壁の条件に該当しない勤務先で働いている場合は、原則通り130万円未満であれば扶養にいられますが、130万円以上になると扶養から外れ、ご自身で国民健康保険・国民年金に加入するか、または(勤務先の規模などにより)勤務先の社会保険に加入することになります。

その他の扶養条件:生計維持関係

収入条件に加え、被保険者による「生計維持関係」も扶養の重要な条件です。これは、扶養に入ろうとする人が、主に被保険者の収入によって生活している、という状態を指します。

生計維持関係の具体的な基準

具体的な生計維持の基準として、以下の両方を満たす必要があります。

  • 被扶養者の年間収入見込み額が、被保険者からの仕送り等による援助額より少ないこと。
  • 被扶養者の年間収入見込み額が、被保険者の年間収入の2分の1未満であること。

ただし、上記の「被扶養者の収入が被保険者の収入の2分の1未満」という基準を満たさない場合でも、被扶養者の年間収入見込み額が130万円未満(または180万円未満)であり、かつ被保険者の収入によってその世帯の生計が主に維持されていると認められる場合は、総合的に判断して扶養が認められることがあります。この判断は、加入している健康保険組合などによって多少異なる場合があります。

別居している場合の生計維持関係

前述の通り、配偶者、子、孫、兄弟姉妹、父母、祖父母などの直系尊属は、被保険者と別居していても扶養に入れる可能性があります。しかしこの場合、被保険者がその親族に対して、定期的に、かつ継続的に仕送りなどをしている事実が必要となります。仕送りの金額は、被扶養者の収入を上回り、かつその親族の生計費の大部分を占める程度であることが求められるのが一般的です。仕送りの証明として、銀行の振込明細書などの提出を求められます。

健康保険の扶養に入るための手続き

健康保険の被扶養者となるためには、手続きが必要です。申請先は、被保険者が加入している健康保険の運営主体(健康保険組合または協会けんぽ)ですが、通常は勤務先の担当部署(人事部や総務部など)を経由して行います。

申請の流れ

  1. 勤務先の担当部署に、扶養加入の手続きをしたい旨を伝える。
  2. 必要書類を受け取る。主な書類は「健康保険 被扶養者(異動)届」です。
  3. 「健康保険 被扶養者(異動)届」に必要事項を記入する。被扶養者となる人の氏名、生年月日、性別、続柄、収入見込み額などを正確に記載します。
  4. 扶養条件を満たすことを証明するための添付書類を準備する。
  5. 記入済みの届出と添付書類を勤務先の担当部署に提出する。
  6. 勤務先が書類を確認し、加入している健康保険組合または協会けんぽへ提出する。
  7. 健康保険組合等が提出された書類に基づいて扶養条件を満たすか審査する。
  8. 審査の結果、認定されれば、扶養として加入した健康保険証が発行されます。

※申請は、扶養の事実が発生した日から原則として5日以内に行うこととされていますが、遅れても申請は可能です。ただし、認定日は申請日となる場合があり、遡って認定されない可能性があるため、速やかに手続きすることが重要です。

必要な書類の例

必要書類は、被扶養者となる人の状況(年齢、収入の種類、別居の有無など)や、加入している健康保険組合によって異なりますが、一般的には以下のような書類の提出を求められます。

  • 健康保険 被扶養者(異動)届
  • 被扶養者の収入を証明する書類(いずれか、または複数)
    • 給与収入がある場合:直近の給与明細書(複数月分)、課税証明書、源泉徴収票など
    • 年金収入がある場合:年金改定通知書、年金振込通知書など
    • 自営業などの収入がある場合:確定申告書の控え、所得証明書など
    • 雇用保険の失業給付を受けている場合:雇用保険受給資格者証(基本手当の金額が確認できるページ)
  • 被保険者と被扶養者の続柄を証明する書類(被保険者の戸籍謄本など。ただし、住民票で続柄が確認でき、かつ同一世帯の場合は省略できることが多い)
  • 被保険者と被扶養者が別居している場合:
    • 被扶養者の住民票
    • 被保険者から被扶養者への仕送りを証明する書類(預金通帳のコピー、現金書留の控えなど)
  • その他、健康保険組合が必要と認める書類

具体的な必要書類については、必ず勤務先の担当部署または加入している健康保険組合にご確認ください。

扶養に入った後のメリットと注意点

無事に健康保険の扶養に入ることができれば、いくつかのメリットと、その後の注意点があります。

受けられる医療サービス

被扶養者となった人は、被保険者本人と同様に、健康保険証を使って医療機関を受診できます。医療費の自己負担割合も、原則として被保険者と同じ(75歳未満は3割、75歳以上は後期高齢者医療制度の自己負担割合)です。高額療養費制度の適用なども、被保険者と同じ世帯として合算して計算されます。

保険料の負担

最も大きなメリットの一つは、被扶養者に対する保険料の負担が発生しないことです。被保険者の健康保険料は、扶養家族の人数に関わらず、被保険者本人の給与や賞与に基づいて計算されます。

定期的な確認

健康保険組合などでは、被扶養者が現在も扶養条件を満たしているか、定期的に(通常は年に1回程度)確認を行います。これを「被扶養者現況調査」などと呼びます。調査の時期になると、勤務先を通じて書類の提出を求められますので、忘れずに対応しましょう。この調査で扶養条件を満たしていないと判断されると、扶養から外れることになります。

扶養から外れる(抜ける)のはどんな時?

扶養条件を満たさなくなった場合、被扶養者は速やかに扶養から外れる手続きを行う必要があります。扶養から外れる主な理由は以下の通りです。

  • 収入が扶養条件の基準額(130万円または180万円)以上になった、またはその見込みが発生した。
  • 勤務先の社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入することになった。(例:フルタイム勤務になった、パート勤務でも106万円の壁の条件に該当し、収入が106万円以上になった)
  • 被保険者との関係がなくなった。(例:離婚、被保険者の死亡)
  • 被扶養者が75歳になり、後期高齢者医療制度の被保険者となった。
  • 被扶養者が日本国内に住所を有しなくなった。(海外移住など。ただし、一時的な滞在や医療滞在など、一部例外あり)
  • 被扶養者が生活保護を受給することになった。
  • 生計維持関係がなくなった。(例:別居している親族への仕送りを止めた、親族がご自身の収入で生計を立てられるようになった)

扶養から外れる際の手続き

扶養から外れる場合も、勤務先の担当部署に速やかに連絡し、必要書類(「健康保険 被扶養者(異動)届」など)を提出する必要があります。その際、扶養されていた人の健康保険証を返却します。

扶養から外れた人は、その後、何らかの公的医療保険に加入する義務があります。状況に応じて、以下のいずれかの手続きを行います。

  • ご自身の勤務先で社会保険に加入する
  • お住まいの市区町村の国民健康保険に加入する
  • 親族が国民健康保険に加入している場合、その世帯の被扶養者となる(国民健康保険には健康保険のような被扶養者の概念はありませんが、世帯員として加入します)

保険の切り替え手続きは、扶養から外れた日から14日以内に行うのが原則です。手続きを怠ると、医療費が全額自己負担になったり、遡って保険料を請求されたりする可能性があるため注意が必要です。

健康保険の扶養と税法上の扶養は違う!重要な違いを知っておこう

日本の「扶養」には、健康保険の扶養とは別に「税法上の扶養」があります。これらは全く別の制度であり、それぞれの扶養に入れる条件や、扶養に入ることによるメリットも異なります。

税法上の扶養とは?

税法上の扶養とは、所得税や住民税の計算において、納税者に所得控除(扶養控除や配偶者控除、配偶者特別控除など)が適用される対象となる親族のことです。これにより、納税者の税負担が軽減されます。

健康保険の扶養と税法上の扶養の主な違い

  • 目的:
    • 健康保険の扶養:医療保険の給付を受けるため
    • 税法上の扶養:税金(所得税・住民税)の負担を軽減するため
  • 判断基準となる収入:
    • 健康保険の扶養:主に将来1年間の見込み収入。原則130万円未満(60歳以上等は180万円未満)。雇用保険の失業給付なども収入に含む。
    • 税法上の扶養:その年の1月1日~12月31日までの合計所得金額。扶養控除の対象は合計所得金額48万円以下(給与収入のみの場合は103万円以下)。配偶者控除や配偶者特別控除の対象となる配偶者は合計所得金額が133万円以下など。雇用保険の失業給付は原則として税法上の所得には含まれない。
  • 手続き:
    • 健康保険の扶養:勤務先経由で健康保険組合等に「被扶養者(異動)届」を提出。
    • 税法上の扶養:年末調整や確定申告で「給与所得者の扶養控除等申告書」などを提出。

**重要な点:**

健康保険の扶養に入れるからといって、必ずしも税法上の扶養控除の対象になるわけではありません。また、税法上の扶養に入れる(例えば年収103万円以下で扶養控除の対象になる)からといって、必ずしも健康保険の扶養にも入れるわけではありません(例えば月収が高く、年収見込みが130万円を超える場合など)。それぞれの制度で条件が異なることを理解し、分けて考える必要があります。

まとめと重要な注意点

健康保険の扶養制度は、家計にとって大きなメリットがありますが、その条件、特に収入に関するルールは複雑です。今回解説した130万円、180万円、そしてパートで働く場合に注意すべき106万円の壁は、扶養に入れるかどうかを判断する上で最も重要な基準となります。

しかし、健康保険の扶養条件は、加入している健康保険組合によって独自の附加給付など、細部が異なる場合もあります。また、収入の計算方法や生計維持の判断についても、個別の状況によって解釈が分かれることもあります。

したがって、扶養の申請や、ご自身の収入が増えたなどで扶養から外れる可能性がある場合は、必ずご自身の勤務先の担当部署や、加入している健康保険組合または協会けんぽに直接確認し、正確な情報に基づいて手続きを進めることが最も確実です。曖昧な情報に頼らず、必要な手続きを漏れなく、かつ迅速に行うようにしましょう。


健康保険扶養条件

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