これまでの千円札に描かれた人物たちとその時代

日本の千円札は、時代の変遷とともにそのデザインが更新されてきました。特に、紙幣の顔とも言える肖像は、それぞれの時代において日本を代表する功績を残した人物が選ばれています。これまでに千円札の肖像として登場したのは、合計で3名(そして今後登場予定が1名)です。ここでは、歴代の千円札人物について、それぞれがどのような時代に生き、どのような功績を残したのか、そしてどのシリーズの紙幣に描かれたのかを具体的に見ていきましょう。

初代:伊藤博文(いとう ひろぶみ)

  • いつの時代?
    伊藤博文(1841年 – 1909年)は、幕末から明治にかけて活躍した政治家です。激動の時代の中心人物の一人として、日本の近代化に多大な影響を与えました。
  • どのような人物?
    明治維新の元勲であり、初代内閣総理大臣を務めました。大日本帝国憲法の制定の中心人物であり、立憲政治の確立に貢献しました。また、枢密院議長、貴族院議長、韓国統監府初代統監なども歴任しました。その多岐にわたる活動は、近代国家としての日本の骨組みを作る上で不可欠でした。
  • 紙幣の概要
    伊藤博文の肖像が使用されたのは、「日本銀行券C号券」です。このシリーズは、1963年(昭和38年)11月1日に発行が開始されました。高度経済成長期に広く流通した紙幣です。

二代目:夏目漱石(なつめ そうせき)

  • いつの時代?
    夏目漱石(1867年 – 1916年)は、明治時代後半から大正時代にかけて活躍した小説家、英文学者です。
  • どのような人物?
    日本を代表する文豪の一人です。代表作に『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』、『草枕』、『三四郎』、『それから』、『門』、『こころ』、『明暗』などがあります。彼の作品は人間の内面や近代社会の抱える問題を描き、没後100年以上経った現在でも多くの人々に読まれ、研究されています。日本近代文学の礎を築いた人物として評価されています。
  • 紙幣の概要
    夏目漱石の肖像が使用されたのは、「日本銀行券D号券」です。このシリーズは、1984年(昭和59年)11月1日に発行が開始されました。肖像がそれまでの政治家から文化人に変更されたことでも注目されました。

三代目:野口英世(のぐち ひでよ)

  • いつの時代?
    野口英世(1876年 – 1928年)は、明治時代から昭和初期にかけて活躍した細菌学者です。
  • どのような人物?
    貧しいながらも医学への情熱を燃やし、アメリカのロックフェラー研究所などを拠点に研究活動を行いました。黄熱病や梅毒などの研究で知られ、国際的に高い評価を受けました。特に、黄熱病の研究中に自身も感染し、アフリカのガーナで亡くなったことは、病原菌との闘いに生涯を捧げた科学者としての劇的な生涯として語り継がれています。
  • 紙幣の概要
    野口英世の肖像が使用されているのは、「日本銀行券E号券」です。このシリーズは、2004年(平成16年)11月1日に発行が開始されました。偽造防止技術の強化なども図られています。現在、最も一般的に流通している千円札です。

四代目(予定):北里柴三郎(きたさと しばさぶろう)

  • いつの時代?
    北里柴三郎(1853年 – 1931年)は、明治時代から昭和初期にかけて活躍した細菌学者、医師です。
  • どのような人物?
    日本の近代医学の父とも称される人物です。破傷風菌の純粋培養に成功し、破傷風の治療法を開発しました。また、ペスト菌を発見したことでも知られています(同時期に別の研究者も発見)。さらに、伝染病研究所(現 東京大学医科学研究所)や北里研究所を設立するなど、医学研究・教育機関の設立にも尽力し、多くの後進を育成しました。野口英世の師としても知られています。
  • 紙幣の概要
    北里柴三郎の肖像が使用されるのは、「日本銀行券F号券」です。このシリーズは、2024年(令和6年)7月3日に発行が開始される予定です。肖像の刷新に加え、最新の偽造防止技術が導入されます。

千円札の歴代シリーズ:いつ、どのように変わったか

千円札の肖像は、単に人物が変わるだけでなく、紙幣のデザイン全体や偽造防止技術もシリーズごとに進化しています。これまでに発行された主要な千円札のシリーズと、その発行時期、特徴を見ていきましょう。

日本銀行券C号券 (伊藤博文)

  • 発行時期: 1963年(昭和38年)11月1日
  • 主な特徴:

    肖像は伊藤博文。裏面には日本を代表する建築物である法隆寺の夢殿が描かれています。透かしには伊藤博文の肖像が採用されました。このシリーズから、額面数字のアラビア数字が大きく表示されるようになりました。現在では支払いに使用できますが、あまり見かけません。

日本銀行券D号券 (夏目漱石)

  • 発行時期: 1984年(昭和59年)11月1日
  • 主な特徴:

    肖像は夏目漱石。裏面には、富士山と日本の象徴である鶴の群れが描かれています。このシリーズから、それまでの肖像中心の透かしに加え、デザインの一部を組み合わせた透かし(夏目漱石の場合は、漱石の肖像と「千円」の文字)が導入されました。紙幣番号の色が褐色です。

日本銀行券E号券 (野口英世)

  • 発行時期: 2004年(平成16年)11月1日
  • 主な特徴:

    肖像は野口英世。裏面には、富士山と本栖湖、そして桜が描かれています。このシリーズでは、それまでの偽造防止技術に加え、ホログラム、潜像模様、パールインキ、マイクロ文字などが新たに導入・強化されました。紙幣番号の色は黒色と青緑色があり、これは識別のためです。現在、最も広く流通しているシリーズです。

日本銀行券F号券 (北里柴三郎)

  • 発行時期: 2024年(令和6年)7月3日(予定)
  • 主な特徴:

    肖像は北里柴三郎。裏面には、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」の一つである「神奈川沖浪裏」が描かれる予定です。このシリーズでは、肖像部分に高精細なすき入れ(透かし)や、見る角度によって肖像が立体的に動いて見える最先端のホログラムが導入されるなど、偽造防止技術がさらに強化されます。ユニバーサルデザインへの配慮もなされています。

シリーズを見分けるポイント

千円札のシリーズを見分けるには、主に以下の点を確認します。

  • 肖像: 誰が描かれているかで一目瞭然です(伊藤博文→夏目漱石→野口英世→北里柴三郎)。
  • 裏面のデザイン: 描かれている風景や絵が異なります(法隆寺夢殿→富士山と鶴→富士山と本栖湖→神奈川沖浪裏)。
  • 紙幣番号の色: D号券(夏目漱石)は褐色、E号券(野口英世)は黒色または青緑色です。C号券(伊藤博文)は黒色です。
  • 記番号: 紙幣の左上と右下に記載されている番号やアルファベットの形式でも区別できます。

人物以外のデザイン要素:紙幣に込められた意匠

千円札には、肖像人物以外にも様々なデザイン要素が描かれています。これらの意匠は、単なる装飾ではなく、日本の象徴や文化的な意味合いを持つものが選ばれています。歴代の千円札の裏面に描かれたデザインを見てみましょう。

C号券 (伊藤博文) のデザイン

裏面:法隆寺夢殿

法隆寺は、奈良県にある日本最古の木造建築物群であり、ユネスコの世界遺産にも登録されています。その中心的な建物の一つである夢殿が描かれています。これは、日本の長い歴史と伝統、そして文化財保護の重要性を示す意匠と言えるでしょう。紙幣番号の色は黒色です。

D号券 (夏目漱石) のデザイン

裏面:富士山と鶴

富士山は日本の最高峰であり、古くから日本の象徴として、また芸術作品の題材として親しまれてきました。鶴は、日本では長寿や繁栄を象徴する吉祥の鳥とされています。富士山と鶴の組み合わせは、日本らしさと縁起の良さを兼ね備えたデザインと言えます。紙幣番号の色は褐色です。

E号券 (野口英世) のデザイン

裏面:富士山と本栖湖、桜

D号券に引き続き富士山が描かれていますが、E号券では手前に本栖湖が配置されています。これは、写真家・岡田紅陽氏が撮影した「湖畔の春」という、本栖湖越しの富士山の写真が元になっていると言われています。手前には日本の国花の一つである桜が描かれており、日本の美しい自然風景を代表する意匠です。紙幣番号の色は黒色と青緑色があります。

F号券 (北里柴三郎) のデザイン (予定)

裏面:葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

2024年発行予定の新千円札の裏面には、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の代表作である「冨嶽三十六景」シリーズの一つ、「神奈川沖浪裏」が採用される予定です。この絵は、大きな波と富士山が描かれており、世界的にも有名です。日本の芸術性の高さと、世界に誇れる文化を表現する意匠と言えます。

千円札の製造と肖像の作成

私たちが手にしている千円札は、どのようにして作られているのでしょうか。特に、紙幣の最も重要な要素である肖像は、どのようにして紙幣に印刷されるのでしょうか。

どこで製造されるのか

日本銀行券を含む日本の紙幣は、財務省所管の独立行政法人である「国立印刷局」で製造されています。国立印刷局には、東京、神奈川、静岡、滋賀などに工場があり、高度な技術と厳重な管理のもとで紙幣が印刷されています。

肖像画はどのように紙幣になるのか

紙幣の肖像は、写真をもとに熟練した彫刻師によって凹版が彫刻されます。この凹版印刷は、インキが紙に盛り上がるため触ると凹凸があり、非常に精密な表現が可能で、偽造が難しいという特徴があります。肖像人物の選定から、高精度な原版の作成、そして大量印刷に至るまで、多くの工程と高度な技術が必要とされます。紙幣のデザイン全体も、偽造防止と美しさを兼ね備えるように緻密に計算されています。

古い千円札の価値と入手方法

伊藤博文や夏目漱石の千円札は、現在ではあまり見かけなくなりました。これらの古い千円札は、今でも使えるのでしょうか? また、もし使う以外に入手したい場合はどうすれば良いのでしょうか。

現在の価値は?

日本銀行券C号券(伊藤博文)やD号券(夏目漱石)は、現在でも有効な日本銀行券です。法律上、額面通りの1,000円として買い物などに使用することができます。ただし、お店によっては古い紙幣の扱いに慣れていない場合もあるため、使用する際は注意が必要です。

額面以上の価値が付く場合もありますが、それは主に「未使用で状態が良いもの」や、「非常に珍しい紙幣番号(例:ゾロ目、連番、AA券など)」、あるいは「エラープリント」などの収集価値がある場合です。一般的に、一度でも流通した使用済みの古い紙幣は、額面以上の価値が付くことはほとんどありません。

どこで見たり入手したりできるか

古い千円札を見たり入手したりする方法はいくつかあります。

  • 金融機関: 稀に銀行の窓口などで払い出される可能性はゼロではありませんが、非常に稀です。両替などで古い紙幣を指定することは通常できません。
  • 古銭・紙幣販売店: 収集家向けの専門業者であれば、古い紙幣を販売しています。ただし、額面以上の価格になることがほとんどです。
  • インターネットオークションやフリマアプリ: 個人間で取引されることもありますが、真贋の判断や状態の確認には注意が必要です。
  • 貨幣博物館: 日本銀行金融研究所貨幣博物館(東京都中央区)などでは、日本の歴代紙幣が展示されており、実物を見ることができます。
  • 個人的な収集: 家族などが保管していた古い紙幣が見つかる場合もあります。

現在流通している野口英世の千円札は、ATMや店舗での釣り銭として日常的に目にすることができます。2024年7月以降は、徐々に北里柴三郎の千円札が加わり、両方が流通することになります。古い紙幣は、日本の経済史や文化、そして印刷技術の進化を知る貴重な資料とも言えます。


千円札人物歴代

By admin