【日額表丙欄】とは具体的に何ですか?
日額表丙欄(にちがくひょうへいらん)とは、所得税を源泉徴収する際に使用される「源泉徴収税額表」の一つです。具体的には、給与所得者が日ごとに支払われる給与を受け取る場合で、かつ、その給与の支払者に対して「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出していない場合に適用される税額を定める欄のことを指します。
この表は、日々雇い入れられる人、つまり雇用契約が日ごとに成立し、その日の作業が終われば契約も終了するといった形態で働く人(日雇い労働者)や、短期のアルバイト、パートなどで日給を受け取る人が主な対象となります。重要な点は、「扶養控除等申告書を提出していない」という条件です。
なぜ日額表丙欄という区分が必要なのですか?
所得税の源泉徴収は、本来、その人の年間所得全体にかかる税金の一部を、給与などが支払われる都度、あらかじめ差し引く仕組みです。しかし、日々雇用されるような働き方の場合、その人が他にどのような所得があるのか、扶養家族がいるのかなど、年間を通じた正確な税負担に関する情報が雇用主にはありません。
「扶養控除等申告書」は、その人の扶養家族の状況や、所得控除に関する事項を会社に知らせるための書類であり、これを提出することで、月々の給与から差し引かれる源泉徴収税額が、その人の状況に合わせて適切に計算される(税負担が軽くなる)ようになります。
しかし、短期間の雇用や日雇いの場合、この申告書を提出しない、あるいは提出する手間を省くケースが多くあります。このような、税負担を軽くするための情報(扶養家族の有無など)が雇用主側にない人に対して、最低限の税金を確実に源泉徴収するために設けられているのが日額表丙欄です。
つまり、丙欄は「あなたの税負担に関する詳しい情報は分かりませんよ」という前提のもと、申告書を提出している人(主に甲欄が適用)よりも高めの税率で、かつシンプルな計算方法で源泉徴収を行うための区分なのです。
どのような人が日額表丙欄の対象になりますか?他の欄との違いは?
主な対象者は、以下のような日給を受け取る方で、かつ、その給与支払者へ「扶養控除等申告書」を提出していない人です。
- 日雇いの建設作業員
- イベントや短期プロジェクトの単発スタッフ
- 日払い契約のアルバイト・パート
- その他、日々雇用され日給を受け取る形態の労働者
日額表には、丙欄のほかに「甲欄(こうらん)」と「乙欄(おつらん)」があります。これらの違いは、主に「扶養控除等申告書を提出しているかどうか」と「主たる給与か従たる給与か」にあります。
- 日額表甲欄:
- その給与支払者に「扶養控除等申告書」を提出している人が対象です。
- 原則として、一か所から給与を受けている人が該当します。
- 丙欄や乙欄よりも低い税率が適用されます。扶養親族等の数によって税額が変わります。
- 日額表乙欄:
- 他の給与支払者に「扶養控除等申告書」を提出している人が、別の給与支払者から給与を受け取る場合にその別の給与支払者が使用します。
- つまり、複数の会社から給与を得ており、本業の会社に申告書を提出している人が、副業や掛け持ちの会社から給与を受け取る場合に該当することがあります(ただし、日額表を使用するような日々雇用の形態ではあまり一般的ではないかもしれません)。月額表の乙欄の方がよく使われます。
- 甲欄より税率が高くなります。
- 日額表丙欄:
- その給与支払者に「扶養控除等申告書」を提出していない日給の人が対象です。
- 甲欄や乙欄に比べて、税額を計算する際の基礎控除が低めに設定されているため、同じ日給額であれば、甲欄や乙欄よりも源泉徴収される税額が高くなる傾向があります。
まとめると、扶養控除等申告書の提出の有無が、甲欄と丙欄(または乙欄)を分ける大きな基準となります。日雇いなどで短期間働く場合、申告書の手続きをしないことが多いため、自動的に丙欄が適用されるケースが多くなります。
日額表丙欄はどのような場所や業種でよく使われますか?
日額表丙欄は、以下のような場所や業種で、特に短期雇用や日雇い労働者に対して日給を支払う際に頻繁に使用されます。
- 建設業界: 日雇いの作業員や特定の工程だけを請け負う職人など。
- イベント・興行業界: コンサート、展示会、スポーツイベントなどでの設営・運営スタッフ、警備員など。
- 倉庫・物流業界: ピーク時にのみ雇用される短期の仕分け、梱包作業員など。
- 農業・漁業: 収穫期や繁忙期に臨時に雇われる作業員。
- 特定のサービス業: 短期間の人手が必要な引っ越し作業、清掃など。
- その他: 短期リサーチのモニター、エキストラなど、日給で謝礼が支払われる場合。
これらの業種では、日々またはごく短期間で雇用関係が終了することが多く、従業員側も「扶養控除等申告書」を提出しないまま働き始めることが一般的であるため、雇用主は迷わず日額表丙欄を適用することになります。
日額表丙欄を使って、具体的にいくら税金が引かれるのですか?
日額表丙欄を使って源泉徴収される税額は、その日の給与等の金額によって決まります。国税庁が毎年発表する「源泉徴収税額表(日額表)」に、給与等の金額の範囲と、それに対応する源泉徴収税額が細かく記載されています。
具体的な計算方法と例
計算方法は非常にシンプルです。支払う日給の金額を源泉徴収税額表の日額表丙欄に当てはめるだけです。
- まず、従業員に支払うその日の総支給額(額面の日給)を確認します。
- 次に、その金額が日額表丙欄の「給与等の金額」のどの範囲に該当するかを探します。
- 該当する金額の範囲に定められている「税額」を確認します。これが源泉徴収すべき所得税額です。
例1:日給が8,000円の場合
(※税額表は年によって変動します。以下は例として、ある時点の税額表に基づいたものとします。実際の計算には最新の税額表をご確認ください。)
- 日額表丙欄で、「給与等の金額」の範囲を探します。例えば、「6,850円以上 9,750円未満」という行があったとします。
- 8,000円はこの範囲に含まれます。
- この行に対応する「税額」が、例えば「490円」と記載されていれば、源泉徴収すべき所得税額は490円となります。
- つまり、8,000円の日給から490円が差し引かれ、手取りは7,510円となります。
例2:日給が15,000円の場合
- 日額表丙欄で、「給与等の金額」の範囲を探します。例えば、「12,950円以上 16,150円未満」という行があったとします。
- 15,000円はこの範囲に含まれます。
- この行に対応する「税額」が、例えば「1,640円」と記載されていれば、源泉徴収すべき所得税額は1,640円となります。
- つまり、15,000円の日給から1,640円が差し引かれ、手取りは13,360円となります。
非課税となる収入の基準は?
日額表丙欄にも、税金が一切かからない(源泉徴収税額が0円となる)基準があります。これは、日々の生活に必要な最低限の所得には税金を課さないという考え方に基づいています。
- 具体的には、日額表丙欄の最も低い金額の範囲(例:「0円以上 2,800円未満」や「0円以上 3,000円未満」など、これも年によって変動します)に対応する税額が「0円」となっています。
- したがって、その日の給与等の金額がこの非課税基準額未満であれば、日額表丙欄を適用しても源泉徴収税は発生しません。この基準額は、一種の「日額の基礎控除」のようなものと考えられます。
ただし、この基準額はあくまで源泉徴収を行う上での目安であり、年間の総所得が一定額を超えれば、確定申告によって納税義務が生じる可能性はあります。
日額表丙欄による源泉徴収額は、最終的な納税額ですか?
いいえ、原則として日額表丙欄による源泉徴収額は、最終的な年間の納税額ではありません。これは、あくまで「日ごと」の給与に対する概算の所得税額を、支払いの都度、天引きするための仕組みです。
個人の所得税は、1月1日から12月31日までの1年間の総所得に対して計算されます。この年間所得には、日給として得た所得だけでなく、他の会社からの給与、副業による所得、不動産所得など、すべての所得が含まれます。また、扶養家族の状況や、医療費控除、社会保険料控除など、様々な所得控除を差し引いた後の金額に対して税率をかけて計算されます。
日額表丙欄は、「扶養控除等申告書」が提出されていない、つまり扶養家族やその他の控除に関する情報がない状態で計算されるため、年間を通してみると、本来納めるべき税額よりも多く源泉徴収されているケースが非常に多いです。
特に、短期間だけ日雇いで働いた人や、年間の合計所得が所得税の基礎控除額(令和5年分までは48万円)を下回るような人は、源泉徴収された税金がゼロになるか、ほとんどの場合で払いすぎになっている可能性が高いです。
したがって、日額表丙欄で源泉徴収された税額は「仮払い」のようなものであり、年間を通じた正確な税額は、最終的に確定申告を行って計算し直す必要があります。
払いすぎた税金を取り戻すにはどうすればよいですか?
日額表丙欄によって、本来の年間の税額よりも多く源泉徴収されてしまった場合、その払いすぎた税金を取り戻す手続きを行うことができます。この手続きを「確定申告(かくていしんこく)」といいます。
- 準備するもの:
- 源泉徴収票:給与を支払った会社から発行される書類です。1月1日から12月31日までの1年間に、いくらの給与が支払われ、いくらの所得税が源泉徴収されたかが記載されています。日雇いなどで複数の会社から給与を受け取っている場合は、それぞれの会社から源泉徴収票をもらう必要があります。
- マイナンバーカード(または通知カードと本人確認書類)
- 還付金を受け取るための銀行口座情報
- (該当する場合)生命保険料控除証明書、地震保険料控除証明書、医療費の領収書など、所得控除や税額控除に関する書類。日雇いの場合、通常はこれらの控除は少ないかもしれませんが、年間の総所得が低い場合は基礎控除だけで税金がゼロになることが多いです。
- 確定申告書の作成:
- 税務署の窓口で相談しながら作成する。
- 国税庁のホームページにある「確定申告書等作成コーナー」を利用して、パソコンやスマートフォンで作成する。画面の案内に従って金額を入力していけば、税額や還付額が自動的に計算されます。これが最も一般的な方法です。
- 確定申告書の提出:
- e-Tax(電子申告)で提出する(マイナンバーカードと読み取り対応スマホまたはカードリーダーが必要)。
- 管轄の税務署に郵送または持参して提出する。
確定申告の期間は、原則として所得があった年の翌年の2月16日から3月15日までですが、税金の還付を受けるための申告(還付申告)は、翌年の1月1日から5年間、いつでも行うことができます。もし過去に日額表丙欄で源泉徴収されたまま放置している期間があれば、過去5年分に遡って還付申告が可能です。
申告内容が正しければ、提出から1ヶ月~1ヶ月半程度で、指定した銀行口座に税金が還付されます。
日額表丙欄の対象から外れるには?(甲欄や乙欄の対象になるには?)
日額表丙欄の対象から外れる(主に日額表甲欄の対象になる)ための最も直接的な方法は、給与の支払者に対して「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出することです。
- 日額表甲欄の適用を受ける場合:
- あなたが日給を受け取っている会社が、あなたの「主たる給与の支払者」である場合、その会社に「扶養控除等申告書」を提出してください。
- 提出すれば、その会社からの日給に対しては日額表甲欄が適用されるようになり、丙欄よりも源泉徴収税額が少なくなる可能性が高くなります(扶養家族がいる場合など)。
- ただし、この申告書は原則として一人につき一か所の会社にしか提出できません。通常は最も収入が多い会社、つまりメインの会社に提出します。
- 日額表乙欄の適用を受ける可能性:
- あなたが他の会社に「扶養控除等申告書」を提出しており、日給を受け取っている会社が「従たる給与の支払者」である場合、本来は日額表乙欄が適用されることになります。
- ただし、日雇いや短期バイトの場合、従たる給与であっても「扶養控除等申告書」を提出しないケースが多く、結果的に丙欄が適用されることが一般的です。
日雇いや短期の仕事の場合、「扶養控除等申告書」を提出するかどうかは個人の判断ですが、提出すれば日々の手取りは増える可能性があります。ただし、複数の会社で働き、それぞれの会社に申告書を提出してしまうと、年末調整や確定申告で後から多額の税金を納める必要が生じる場合があるので注意が必要です。通常は、年間を通じて最も多くの給与を受け取る見込みの会社一か所にのみ提出するのが正しい方法です。
雇用主が日額表丙欄を使う際の注意点
日給の従業員に給与を支払う雇用主側も、日額表丙欄の適用にあたってはいくつか注意すべき点があります。
- 最新の税額表の使用: 源泉徴収税額表は税法改正によって変更されることがあります。常にその年の最新版の日額表を使用する必要があります。
- 扶養控除等申告書の確認: 従業員から「扶養控除等申告書」の提出があったかどうかを確実に確認します。提出があれば甲欄、提出がなければ原則として丙欄(他の会社に提出済みの場合は乙欄も検討)を適用します。
- 給与支払明細書の発行: 日給の支払いであっても、給与支払明細書を発行し、源泉徴収した税額を明記する必要があります。
- 源泉徴収税額の納付: 源泉徴収した所得税は、原則として給与を支払った月の翌月10日までに税務署に納付する必要があります。ただし、給与の支払いを受ける者が常時10人未満である等の要件を満たす場合は、「源泉所得税の納期の特例」の申請承認を受けることで、年2回まとめて納付することが可能です。
- 源泉徴収票の発行: 年末(通常12月)または従業員が退職する際には、その年中に支払った給与の合計額と源泉徴収した税額を記載した源泉徴収票を発行し、従業員に交付する必要があります。確定申告にはこの源泉徴収票が不可欠です。
これらの手続きを怠ると、税務調査などで指摘を受けたり、追徴課税が発生したりする可能性があります。