はじめに
この記事では、「知的障害者」という言葉に焦点を当て、それが具体的に何を意味するのか、なぜそうなるのか、どのように診断されるのか、そして日々の生活や社会からのサポートはどのようになっているのか、といった様々な疑問に、できるだけ詳しく具体的な情報を提供することを目的としています。知的障害を持つ方々やそのご家族、支援に関わる方々、そして社会全体が、知的障害についてより深く理解するための手助けとなれば幸いです。
知的障害とは具体的に何ですか?
知的障害は、発達期(一般的には18歳未満)にあらわれる、知的機能(例:推論、計画、問題解決、抽象的思考、判断、学問的学習、経験からの学習など)と、日常生活における適応機能(例:概念的スキル、社会的スキル、実用的スキル)の両方の有意な制限によって特徴づけられる障害です。これらの制限は、他の年齢、性別、文化的背景を持つ人々との比較に基づいて評価されます。
最も一般的に用いられる指標の一つに「知能指数(IQ)」がありますが、知的障害の診断は単にIQの数値だけで行われるものではありません。IQテストの結果が概ね70以下であることに加え、日常生活を送る上での適応行動、つまり、自分で身の回りのことをする、お金を管理する、社会的なルールを理解して適切に行動するといった能力が、年齢や文化的な基準に比べて著しく低い場合に診断されます。
知的機能と適応機能の制限は、その方の日常生活全般、学習、仕事、社会参加などに影響を及ぼす可能性があります。
知的障害の程度について
知的障害は、その程度によっていくつかのレベルに分けられることがあります。これは、必要とされる支援のレベルを理解する上で役立ちます。一般的な分類は以下の通りです。
- 軽度知的障害: 知的機能に遅れはあるものの、適切なサポートがあれば、読み書きや計算といった学問的なスキルをある程度習得できることが多いです。成人後も、比較的単純な仕事であれば就労可能な場合が多く、自立した生活を送るために一部の支援を必要とすることがあります。社会的な状況の理解に難しさが見られることがあります。
- 中度知的障害: 学問的なスキルの習得は限定的ですが、日常生活に必要な基本的なスキル(例:身だしなみ、食事の準備など)や、簡単なコミュニケーションは習得可能です。職業訓練や、指示が明確な環境での就労が可能な場合があります。日々の生活には、継続的な支援や監督が必要となることが多いです。
- 重度知的障害: 日常生活の多くの側面でかなりの支援が必要です。基本的なコミュニケーション能力の発達は限られているか、非言語的な方法に頼ることが多いです。学問的なスキルはほとんど期待できませんが、身の回りのことや簡単な作業を通じて、ある程度のスキルを習得する可能性があります。継続的で広範な支援が必要とされます。
- 最重度知的障害: 知的機能および適応機能に著しい制限があり、日常生活のほとんど全ての側面で集中的な支援が必要です。基本的な身の回りのことやコミュニケーションも大きな困難を伴います。医療的ケアを必要とする場合もあります。常時、手厚いサポートが必要となります。
重要なのは、これらの分類はあくまで目安であり、一人ひとりの特性や必要とされる支援は大きく異なるということです。個別の能力や強みに着目し、その方に合った支援を行うことが最も重要です。
知的障害と発達障害(例:自閉スペクトラム症、学習障害)との違い
「発達障害」は、知的障害、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)など、様々な特性を含む広い概念です。知的障害は発達障害の一つですが、自閉スペクトラム症や学習障害とは異なります。
- 自閉スペクトラム症(ASD): 主に社会的なコミュニケーションや相互作用の困難、および限定された興味や反復行動を特徴とします。ASDの方の知的レベルは様々で、知的障害を伴う方もいれば、高い知的能力を持つ方もいます。
- 学習障害(LD): 全体的な知的機能に遅れはないものの、読み、書き、計算といった特定の学問的分野において、習得や使用に著しい困難を伴う障害です。
知的障害は、全体的な知的機能と適応機能の遅れを伴う点において、これらの他の発達障害とは区別されます。ただし、知的障害を持つ方が、同時にASDやADHDといった他の発達障害の特性を併せ持つことも少なくありません。
なぜ知的障害は発生するのですか?
知的障害の原因は多岐にわたり、遺伝的な要因、妊娠中の問題、出産時の問題、出生後の問題など、様々な時期に起こる出来事が関与します。しかし、原因が特定できない場合も少なくありません。
主な原因のカテゴリー
- 遺伝的要因:
- 染色体異常: ダウン症候群(21番染色体が1本多い)、ターナー症候群、クラインフェルター症候群など。
- 単一遺伝子異常: 脆弱X症候群、フェニルケトン尿症(代謝異常)、神経線維腫症など。
- 妊娠中の問題(胎児期):
- 感染症: 風疹、サイトメガロウイルス、トキソプラズマなどの母子感染。
- 毒性物質への曝露: アルコール(胎児性アルコール症候群)、特定の薬物、鉛などの重金属。
- 栄養不良: 重度の母親の栄養不足、特にヨウ素不足。
- 母親の病気: 妊娠糖尿病、高血圧、重度の甲状腺機能低下症など。
- 出産時の問題(周産期):
- 仮死(酸素不足): 長時間の難産や臍帯の圧迫などにより、脳への酸素供給が不十分になること。
- 低体重児や早産児: 未熟な脳が損傷を受けやすい。
- 脳出血や外傷: 出産時に脳にダメージを受けること。
- 出生後の問題(乳幼児期以降):
- 重度の頭部外傷: 事故などによる脳へのダメージ。
- 脳感染症: 髄膜炎、脳炎など。
- 重度の栄養不良やネグレクト: 適切な栄養や刺激が不足すること。
- 毒性物質への曝露: 鉛中毒など。
- 内分泌疾患や代謝異常: 早期に治療されない場合。
これらの原因は単独で影響する場合もあれば、複数の要因が複合的に関与する場合もあります。原因が早期に特定できると、適切な支援や治療計画を立てる上で役立ちますが、原因不明の場合でも、診断に基づいて適切なサポートを行うことは可能です。
知的障害はどのように、どこで診断されますか?
知的障害の診断は、小児期に行われるのが一般的です。多くの場合、子どもの発達の遅れに保護者や保育園・幼稚園、学校などが気づき、専門機関を受診することから始まります。
診断プロセス
診断は、医師(小児科医、精神科医など)、臨床心理士、言語聴覚士、作業療法士などの専門家チームによって行われることが多いです。診断プロセスには、以下の要素が含まれます。
- 発達歴の聴取: 保護者から、妊娠中の様子、出産時の状況、乳幼児期の発達(首すわり、おすわり、ハイハイ、歩行、言葉の発達など)について詳しく聞き取ります。
- 知能検査: ウェクスラー式知能検査(WISC)、田中ビネー式知能検査など、年齢に応じた標準化された知能検査を実施し、知能指数(IQ)を測定します。
- 適応行動評価: Vineland適応行動尺度などの評価ツールを使用したり、保護者や教師からの聞き取りを通じて、日常生活での自立、コミュニケーション、社会性、運動能力など、適応行動のレベルを評価します。
- 医学的検査: 知的障害の原因となる可能性のある身体的な疾患や症候群を調べるために、血液検査、染色体検査、脳画像検査(MRIやCT)などが行われることがあります。
- 行動観察: 専門家が直接、子どもの遊びや課題に取り組む様子、他者との関わり方を観察します。
これらの評価を総合的に判断し、知的機能と適応機能の両方に有意な制限がある場合に、知的障害と診断されます。診断は一度きりではなく、成長や環境の変化に応じて再評価が必要となることもあります。
診断を受ける場所
診断は主に以下の場所で行われます。
- 小児科(特に発達外来)
- 児童精神科
- 大学病院の発達専門外来
- 療育センターや児童発達支援センター
- 地域の保健センター(相談から専門機関への紹介)
発達の遅れが気になったら、まずは地域の保健センターや子育て支援窓口に相談してみるのが良いでしょう。
知的障害を持つ人はどのくらいいますか?
知的障害の正確な統計は国や地域によって定義や調査方法が異なるため一概には言えませんが、一般的に、全人口の約1%〜3%程度が知的障害を持つと考えられています。
世界保健機関(WHO)や多くの先進国における統計では、知的障害の有病率は概ねこの範囲に収まることが多いです。ただし、軽度の知的障害は把握されにくい場合があるため、実際の数はもう少し多い可能性も指摘されています。
日本では、療育手帳(障害者手帳の一種で、知的障害者に交付されるもの)の取得者数を基にした統計がありますが、手帳の取得は任意であるため、これが知的障害者の総数を正確に反映しているわけではありません。しかし、一つの目安として利用されています。
この数字は、知的障害が決して稀なものではなく、私たちの社会に一定の割合で存在し、身近な存在であるということを示しています。
知的障害を持つ方の生活と、どのように支援を受けられますか?
知的障害を持つ方の日々の生活は、障害の程度、個人の特性、家族や社会からのサポートの状況によって大きく異なります。適切な支援があれば、多くの方が充実した生活を送ることが可能です。
日々の生活における課題
知的障害を持つ方は、以下のような様々な課題に直面することがあります。
- 学習と学校生活: 授業についていくこと、抽象的な概念の理解、宿題の遂行などが難しい場合があります。
- コミュニケーション: 自分の考えや感情を言葉で伝えること、他者の話す内容を正確に理解することに困難を伴うことがあります。非言語的なサインの理解も難しい場合があります。
- 社会的な相互作用: 他者との関係を築くこと、社会的ルールや暗黙の了解を理解すること、状況に応じた適切な行動をとることが難しい場合があります。いじめや孤立に繋がるリスクもあります。
- 日常生活スキル: 食事、着替え、入浴といった身の回りのこと、お金の管理、公共交通機関の利用、時間管理などに支援が必要な場合があります。
- 就労: 仕事の内容を理解し、指示通りに作業を遂行すること、職場での人間関係の構築などに困難を伴うことがあります。
- 健康管理: 自分の体の変調を伝えることや、健康維持のための行動(例:歯磨き、運動)を自分で管理することが難しい場合があります。
これらの課題に対して、本人や家族、そして社会が一体となって適切なサポートを提供することが重要です。
受けられる支援の種類
知的障害を持つ方が利用できる支援は多岐にわたります。主に以下の領域に分けられます。
1. 教育・療育に関する支援
- 早期療育: 乳幼児期からの発達を促すための専門的なプログラム。運動、言葉、社会性などの発達を支援します。
- 特別支援教育:
- 特別支援学校/特別支援学級: 知的障害を持つ児童・生徒のための専門的な教育機関や学級。個々の能力やニーズに合わせた教育が行われます。
- 通常学級での合理的配慮: 通常の学校に通う場合でも、個別の支援計画(IEP:Individualized Education Plan)に基づき、授業内容の調整、課題の提示方法の工夫、支援員の配置などが行われます。
- 成人向け学習支援: 成人後も読み書き計算のスキルを維持・向上させるためのプログラムや、生活スキル、社会スキルを学ぶ機会が提供されることがあります。
2. 日常生活・居住に関する支援
- ホームヘルパー・居宅介護: 自宅での生活において、食事、入浴、排泄、掃除などの介助や、買い物、外出の付き添いなどの支援を受けられます。
- グループホーム・ケアホーム: 少人数の知的障害を持つ方が共同で生活する形態。専門の支援員が常駐し、日常生活全般のサポートを行います。
- 日中活動支援: 日中の時間を過ごすための施設(生活介護事業所、就労継続支援事業所など)。創作活動や生産活動、社会参加の機会などが提供されます。
- 短期入所(ショートステイ): 家族の休息や緊急時などに、一時的に施設に宿泊して支援を受けられます。
3. 就労に関する支援
- 就労移行支援事業所: 一般企業での就労を目指す方向けに、職業訓練や求職活動のサポート、職場実習などを行います。
- 就労継続支援事業所(A型/B型): 一般企業での就労が難しい方向けに、雇用契約を結んで働くA型事業所や、雇用契約を結ばずに自分のペースで作業を行うB型事業所があります。
- 特例子会社: 障害者の雇用を促進するために、企業が設立する子会社。
- 障害者職業センター・ハローワーク: 障害のある方の就職に関する相談や支援を行います。ジョブコーチによる支援(職場での定着支援)も利用可能です。
- Supported Employment (サポーテッド・エンプロイメント): 個人の希望や能力に合わせて仕事を探し、就職後も職場に定着できるよう、継続的に支援員(ジョブコーチ)がサポートする手法。
4. 経済的・福祉的な支援
- 障害者手帳: 知的障害の場合、「療育手帳」が交付されます(自治体によって名称が異なる場合があります)。手帳があると、様々な福祉サービスや割引(交通費、公共施設の利用料など)を利用できます。
- 障害年金: 国民年金や厚生年金に加入している方が、障害によって生活や仕事が制限される場合に支給される年金。
- 各種医療費助成: 医療費の自己負担額が軽減される制度。
- 税金の控除・減免: 障害者控除など。
- 相談支援事業所: 福祉サービスの利用計画(サービス等利用計画)作成や、様々な相談に応じる窓口。
5. 家族への支援
- ペアレントトレーニング: 知的障害のある子どもの育児スキルや対応方法を学ぶプログラム。
- 家族会・当事者会: 同じような立場の家族や当事者同士が情報交換や交流を行う場。
- 相談窓口: 福祉事務所、保健センター、児童相談所、発達障害者支援センターなど、様々な相談窓口があります。
コミュニケーションをサポートするには
知的障害を持つ方とのコミュニケーションにおいては、以下の点を意識すると、より円滑で分かりやすいやり取りができます。
- シンプルで具体的な言葉を使う: 抽象的な表現や比喩は避ける。
- ゆっくり、はっきりと話す: 一度にたくさんの情報を詰め込まず、短い文で話す。
- 視覚的な情報を用いる: 絵カード、写真、文字、ジェスチャーなどを併用する。手順を示す場合は、段階ごとに絵で見せるなどが有効です。
- 理解できているか確認する: 相手が内容を理解しているか、簡単な質問をしたり、言い換えてもらうなどして確認する。
- 焦らず、繰り返しを厭わない: 理解に時間がかかる場合があることを理解し、 patiently(辛抱強く)接する。
- 肯定的な言葉を選ぶ: 指示だけでなく、できたことや良い行動を具体的に褒める。
- 相手のペースに合わせる: 話すスピードや、反応するまでの時間を尊重する。
知的障害を持つ方々が、自分らしく、地域社会の中で安心して生活し、その持てる力を最大限に発揮できるよう、適切な診断に基づいた個別の支援計画を立て、教育、医療、福祉、就労などの様々な分野が連携してサポートしていくことが求められています。そして、社会全体が知的障害への理解を深め、偏見なく受け入れることが、何よりも大切な支援となります。