被用者保険とは何ですか?(含まれるもの)
被用者保険とは、一般的に企業や事業所に「雇用される人(被用者)」が加入する公的な医療保険および年金保険の総称です。日本の社会保険制度において、自営業者や無職の方が加入する国民健康保険や国民年金と区別されます。
具体的には、以下の2つの主要な制度を指すことがほとんどです。
- 健康保険(医療保険):病気やけがをした際の医療費負担を軽減するための制度です。
- 厚生年金保険(公的年金):老齢、障害、死亡など、特定の事由が発生した場合に年金や一時金を支給する制度です。
広義では、雇用保険や労災保険なども含めて「社会保険」と呼ぶことがありますが、多くの場合「被用者保険」という言葉を使う際は、健康保険と厚生年金保険を指します。この記事では、健康保険と厚生年金保険に焦点を当てて解説します。
被用者保険に加入しなければならないのは誰ですか?(加入義務者)
被用者保険への加入は、原則として法律で義務付けられています。以下の条件を満たす従業員がいる事業所は、被用者保険の適用事業所となり、そこで働く対象者は被保険者となります。
加入が義務付けられている主な対象者は以下の通りです。
- フルタイムで働く正社員:雇用契約の種類に関わらず、一般的に週の所定労働時間が同じ事業所で働くフルタイムの従業員の概ね4分の3以上である場合。
- 特定の要件を満たす短時間労働者(パートタイマー・アルバイトなど):後述の「短時間労働者の加入要件」を満たす場合。
個人事業所であっても、従業員が常時5人以上いる場合は原則として強制適用事業所となり、従業員は被用者保険に加入する義務が生じます。法人の事業所は、従業員数に関わらずすべて強制適用事業所です。
短時間労働者の加入要件
パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者も、以下の要件をすべて満たす場合に被用者保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務付けられます。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 月額賃金が8.8万円以上であること
- 勤務期間が2ヶ月を超える見込みであること(令和4年10月より変更)
- 学生でないこと(夜間・通信・定時制の学生は除く)
- 企業の規模(被保険者数)が以下のいずれかに該当すること
- 特定適用事業所(被保険者数101人以上の企業)に勤務していること
- 特定適用事業所に準ずる事業所(被保険者数51人以上100人以下の企業)に勤務していること(令和6年10月より変更)
これらの要件は、社会情勢の変化に合わせて段階的に拡大されており、より多くの短時間労働者が被用者保険に加入できるようになっています。
保険料はどのように計算され、支払われますか?(保険料の決定と負担)
被用者保険の保険料額は、被保険者の「標準報酬月額」と「保険料率」に基づいて計算されます。
標準報酬月額とは?
標準報酬月額とは、被保険者が受け取る毎月の給与(基本給、各種手当、通勤手当など、税金や社会保険料を控除する前の総支給額)を、厚生年金保険は1等級~32等級、健康保険は1等級~50等級の範囲で区分した等級に当てはめた金額です。保険料額や将来受け取る年金額などの計算の基礎となります。
標準報酬月額は、原則として毎年1回見直しが行われます(定時決定)。具体的には、その年の4月、5月、6月の3ヶ月間の給与の平均額を計算し、9月からの1年間の標準報酬月額が決定されます。
また、昇給などにより固定的賃金が大幅に変動し、その後の3ヶ月間の給与の平均額が以前の標準報酬月額と比べて2等級以上変動した場合などは、随時見直しが行われることがあります(随時改定)。
保険料率と負担割合
健康保険と厚生年金保険には、それぞれ定められた保険料率があります。この保険料率は、加入している健康保険の種類(協会けんぽか、健康保険組合か)や事業所の所在地によって異なる場合があります(特に健康保険)。厚生年金保険料率は全国一律です。
被用者保険の大きな特徴は、この保険料を「事業主(会社)」と「被保険者(従業員)」とで折半(半分ずつ)負担するということです。
例えば、標準報酬月額が30万円で、保険料率が健康保険10%(協会けんぽ)、厚生年金保険18.3%だと仮定すると(実際の料率は変動します)、
- 健康保険料率:10% → 事業主負担5%、被保険者負担5%
- 厚生年金保険料率:18.3% → 事業主負担9.15%、被保険者負担9.15%
この場合、被保険者が負担する月々の保険料は以下のようになります。
健康保険料:30万円 × 5% = 15,000円
厚生年金保険料:30万円 × 9.15% = 27,450円
合計:15,000円 + 27,450円 = 42,450円
被保険者が負担する保険料は、毎月の給与や賞与から天引き(控除)される形で事業主がまとめて納付します。この仕組みにより、被保険者は自分で納付手続きを行う手間が省かれます。
被用者保険からはどのような給付が受けられますか?(主な給付内容)
被用者保険に加入することで、病気やけが、退職後の年金、万が一の際の保障など、様々な給付を受けることができます。
健康保険の主な給付
健康保険からは、病気やけがに関する医療費の給付だけでなく、様々な状況に応じた給付が受けられます。
- 療養の給付(医療費の自己負担軽減):病気やけがで医療機関にかかった際、窓口での自己負担が原則として年齢に応じて決められた割合(3割、1割など)になります。残りの医療費は健康保険から医療機関に支払われます。
- 高額療養費制度:同じ月(1日から末日まで)にかかった医療費の自己負担額が、年齢や所得に応じて定められた上限額を超えた場合、その超えた分が高額療養費として払い戻される制度です。これにより、医療費が高額になっても自己負担に上限が設けられ、経済的な負担が大きく軽減されます。
- 傷病手当金:業務外の病気やけがにより、連続する3日間を含み4日以上会社を休み、給与の支払いを受けられない場合に支給されます。支給期間は最長1年6ヶ月で、支給額は概ね標準報酬月額の3分の2相当額です。
- 出産手当金:出産のために会社を休み、給与の支払いを受けられない場合に支給されます。支給期間は出産の日以前42日(多胎妊娠の場合は98日)から出産の日の翌日以後56日までの範囲で、支給額は概ね標準報酬月額の3分の2相当額です。
- 出産育児一時金:被保険者またはその被扶養者が出産した場合に支給される一時金です。現在の支給額は原則として一児につき50万円です。
- 埋葬料/埋葬費:被保険者が死亡した場合に、その遺族などに支給される埋葬料、または被扶養者以外の者が埋葬を行った場合に支給される埋葬費です。
- 被扶養者の健康保険:被保険者に扶養されている家族(一定の収入要件などを満たす配偶者、子、父母など)も、健康保険の被扶養者として保険給付を受けることができます。被扶養者に保険料負担はありません。
高額療養費制度の仕組み(さらに具体的に)
高額療養費制度の上限額は、現役並み所得者、一般、低所得者など所得区分によって異なります。例えば、70歳未満で一般的な所得区分の場合、自己負担限度額は約8万円+(総医療費-26.7万円)×1%という計算式で算出されます。これに加えて、多数回該当(直近1年間に3回以上上限額を超えた場合)や世帯合算といった仕組みもあり、さらに負担を軽減できます。この制度は、病気やけがによる経済的な不安を大きく和らげるために非常に重要です。
厚生年金保険の主な給付
厚生年金保険は、将来の生活を支える年金だけでなく、万が一の場合にも対応する制度です。厚生年金保険に加入している期間がある人は、国民年金の上乗せとして給付が受けられます。
- 老齢厚生年金:原則として65歳から支給される年金です。受け取る金額は、厚生年金保険への加入期間や加入期間中の標準報酬月額・標準賞与額などによって計算されます。国民年金(老齢基礎年金)と合わせて受け取ります。
- 障害厚生年金:病気やけがが原因で所定の障害状態になった場合に支給される年金です。初診日に厚生年金保険に加入していたことが要件となります。障害基礎年金に上乗せされて支給されます。
- 遺族厚生年金:厚生年金保険の被保険者または被保険者であった方が亡くなった場合に、一定の遺族(配偶者、子など)に支給される年金です。
厚生年金保険に加入していた期間が長いほど、また標準報酬月額が高かった時期があるほど、将来受け取る老齢厚生年金額は多くなります。
被用者保険の加入・脱退手続きはどのように行われますか?
被用者保険に関する手続きは、原則として事業主(会社)が行います。
加入手続き
従業員が新たに雇用され、被用者保険の加入要件を満たした場合、事業主は管轄の年金事務所または健康保険組合に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を提出します。通常、この手続きは雇用後速やかに行われ、被保険者証(健康保険証)が交付されます。従業員自身が直接手続きを行うことはほとんどありません。
被扶養者がいる場合は、同時に「健康保険被扶養者(異動)届」などを提出し、被扶養者として認定を受ける手続きも行います。
脱退手続き
従業員が退職や死亡などで被保険者資格を喪失した場合、事業主は管轄の年金事務所または健康保険組合に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」を提出します。被保険者資格は、原則として退職日または死亡日の翌日に喪失します。
資格喪失後は、それまで使用していた健康保険証を事業主に返却する必要があります。退職後、次のいずれかの健康保険制度に加入することになります。
- 国民健康保険に加入する
- 家族の被扶養者になる(配偶者などが被用者保険に加入している場合)
- 任意継続被保険者制度を利用する(一定の要件を満たす場合、最大2年間)
年金制度についても、退職後は国民年金第1号被保険者となる、または家族の扶養に入る(国民年金第3号被保険者となる)などの手続きが必要になります。これらの手続きは、退職後にご自身で行う場合が多いです。
被用者保険はどこが管理・運営していますか?
被用者保険の制度を管理・運営しているのは、主に以下の組織です。
日本年金機構
日本年金機構は、国が運営する公的年金制度(国民年金、厚生年金保険)および中小企業の従業員などが加入する健康保険(協会けんぽ)の事務を担っています。保険料の徴収、年金給付、健康保険給付に関する事務処理など、多岐にわたる業務を行っています。多くの事業所は、この日本年金機構が管轄する協会けんぽと厚生年金保険に加入しています。
健康保険組合
大企業などでは、単独または共同で「健康保険組合」を設立し、独自の健康保険を運営している場合があります。健康保険組合は、協会けんぽよりも手厚い給付(付加給付など)を行っていたり、独自の保養施設を設けていたりすることがあります。厚生年金保険については、健康保険組合の設立とは関係なく、日本年金機構が管轄する制度に加入します。
どちらの制度に加入しているかによって、健康保険の保険料率や給付内容の一部が異なる場合があります。